うほぅ

糞日記

日本 4-3 スイス (2) 偶然と幸運

いつも代表戦のあとの監督のコメントを楽しみにしている。

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200709/at00014627.html
――選手は、後半にスイスの足が止まったと言っていたが、その理由をどう考えるか?

 簡単な答えは「偶然」ということだ。そうすれば長く話す必要はない。

この受け答えはどうかと思った。
普段から結構メディアを煙にまくようなことを言うし、当然質問者も食って掛かる。

――偶然で済むなら、監督はいらないのでは?

 その通りだ。サッカーがすべて偶然だけなら、監督は必要はない。だが、サッカーは偶然について、いろいろ哲学的に考えることができる。すべての偶然も、自分たちがサポートすることによって、幸運を自分たちの方に引っ張ることができる。

ゴメンですむなら警察いらんのちゃう?と同じフレーズだが、気持ちはわかる。
それに対するオシムの答えも、今までに何度も聞いた内容と変わらない。
と思って読んだときは軽く流していた。

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/column/200709/at00014625.html
 それにしても興味深いのが、決めた矢野はもちろん、山岸も中村憲も、決勝点に絡んだ全員がアピールしなければならない状況にあったことだ。3人とも、現時点ではファーストオプションの選手ではない。山岸はアジアカップ3位決定戦以来の出場で、多分必死だったと思う。矢野はジュールーのマークを外したことでスイスに3点目を献上してしまったし、中村憲は試合に入ってすぐにパスミスをしてしまった。
 要するに、3人とも後がない状況だった――だからこそ、彼らは最大限にリスクを冒しながら、無我夢中でゴールを目指したのである。こうしたプレーがゴールに結び付いたのはもちろん、いくつかの偶然が作用したことは否めない。それでも「すべての偶然にも、自分たちがサポートすることによって、幸運を自分たちの方に引っ張ることができる」というオシムの言葉は、少なからずの説得力を持っていると思う。
 いやむしろ、この日のゲームでは、日本代表にかかわるすべての人々が、リスクを背負っていたのだと思う。オシム自身、敗戦(意味不明なPK戦による敗戦も含む)による、世論の逆風を覚悟していたことだろう。代表のスタッフもまた、同様のリスクを痛いほど感じていたはずだ。われわれジャーナリストも、欧州くんだりまでやって来て、課題だけを見せられるリスクにおびえながら、現地で取材を続けていた。7時間の時差をものともせず、テレビの前で応援していたファンの皆さんもまた、翌日の仕事へのリスクをうっすらと感じながら、それでも懸命にクラーゲンフルトに念を送っていたはずだ。そう、いささか大げさな物言いが許されるなら、日本代表を愛する人々全員が、それぞれのリスクを冒して意思統一ができたからこそ、今回の奇跡ともいえる逆転劇は成立したのだと、私は密かに確信するのである。

今朝の矢野のゴールシーンは熱いと思ったが、こうして文章になっているとなぜそう思ったのか納得できた。
感傷的すぎるかも知れないがこの宇都宮氏の文章は好きだ。
夜中に起きて今日仕事ヤベーかもと思いつつ必死こいて応援してた人がたくさんいて、そいつらのおかげで面白いゲームが見れたと思うと楽しい。
たとえ0-6で負けると試合前に知らされていてもやっぱり好きなチームを90分生で見て応援することはやめられないと確信できる。
そしてオシムは決してメディアを馬鹿にしてしゃべってるんじゃあないとわかる。
試合見てたら解るって事ですよね。
もっと試合を多くの見たらすぐにわかるようになってくるのかな。
いい試合がもっと見たいです。


そういえば今日試合の後のインタビュー小倉がやってましたね。
小倉「ナイスゴールでしたwwwwww」
俊輔「PKじゃないすかwwwwwwww」
に激しくワロタ。
テレ朝じゃなくてこっちでみたいなぁずっと。